バー・ウッチョ
朝、起きて窓を開けると、なんと、雪!
空から音を立てずに舞い降りてくる白い雪に思わず歓声が上がります。
地面は既にうっすらと白くなっており、なんとも言えない静けさが庭一杯に漂っていました。
今日は、イタリア全土は勿論、イギリス、ニューヨーク、北ヨーロッパ全国が雪模様のようで、何処の町も白くお化粧をしたようです。
これだけ白く積もると綺麗なものです。
サッと、2日前に見た海際の町の中に咲き並んでいたミモザの花が頭に浮かびました。
きっと寒くて震えているだろうなあ・・・。
でも、自然は強いから、少し枝をたわませながらもしっかりと立っていることでしょう。
春はもうじき。頑張れ、頑張れ!
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私の住んでいる町「ポマランチェ」は住民6000人の小さな町ですが、この町にはバーが6件あります。
それぞれのバーには特徴があり、訪れるお客も違ってきたりします。
最初の1件はこの町で一番古いバーで、今の経営者で4代目。
バーの名前は「バー・イタリア」ですが、皆は経営者の名前を取って「バー・ウッチョ」と呼んでいます。
数百メートル先には「バー・スポーツ」と呼ばれる2件目のバーがあり、別にスポーツには関係ないのですが、夏のピアノ・ライブショーなどはこのバーで開かれます。
内装なども新しいバー。
同じく、数百メートル先には3件目の「バー・ベッピーノ」があり、ここはいつもおじいさん達の集合場所となっているところです。
夏にはおじいさん達がバーの前に椅子を持ちだして列になって座り、目の前の道を行き交う人たちを観察しています。
4件目に町の外れにある「バー・ヌオヴォ」があり、新しいバーという意味ですが、ここには大きなTVスクリーンが2台も設置されており、サッカーゲームがある時はここに沢山の人たちが集まり観戦します。
時には2台のスクリーンでそれぞれ別の試合が映し出されることもあり、あちらこちらで歓声が上がり面白い、とジョンが言っていました。
若い人の集まるバーです。
5件目は、この町では一番美味しいコーヒーが飲めるというバー。
ここも町の中心部から少し離れた所にあるために、バーの近所に住んでいる人たち専用のバーのようになっています。
たまに私が入って行くと、じろじろと見られますので、すぐ出てくるバーでもあります。
最後の6件目は、町の人たちが住んでいる、かなり年代ものの建物の中にあり、入り口にはバーなど何のサインもありませんので、知らない人は普通の家庭の入り口だと思うところです。
私はまだ入った事はないのですが、ジョンが大家さんちのご主人に連れられて行った時には、「あんな所にバーがあったよ!」と驚いて報告してくれました。
入り口は小さいのですが、中はかなり広く、更にその奥には素晴らしいテラスが広がっているのだそうです。
見かけによりません。
私がよく行くバーは「バー・ウッチョ」、それから「バー・スポーツ」です。
普通、イタリアの町の中心部には広場があり、昔から住民のコミュニケーションの場所として使われたところですが、面白いことに私の町には広場が2つあります。
古い広場と新しい広場。
古い広場にあるのが「バー・ウッチョ」、新しい広場にあるのが「バー・スポーツ」です。
私達が始めてポマランチェの町に来たときに入ったのが、「バー・ウッチョ」でした。
その時に驚いたのが、バーに入った途端に
「ああー、コ・ン・ニ・チ・ハ!」
と日本語で挨拶された事です。
え~~、まさかここまで日本人旅行者はこないだろうし、どうして日本語を知っているのか、と早速尋ねましたよ。
なんでもウッチョと奥さんは5年間イギリスにいたことがあり、そこでもバーと宿泊地を経営していたのだそうです。
そのとき英語を習おうと学校に行った時に、同じように英語を習いに来ていた日本人と親しくなったのだそうです。
こんなトスカーナの田舎で、日本人を知っているイタリア人に会えるなんて誰が想像したでしょうか。
その日以来、私がバーに入って行くと、
「オ・ハ・ヨー!」とか「コ・ン・ニ・チ・ハ!」と彼らのほうから挨拶してくれるようになりました。
私が11時頃にバーに入って行き、「おはよう!」と挨拶すると、ウッチョはジーっと腕時計を見て「ノー!コ・ン・ニ・チ・ハ」と言い直して来るほどです。
数日前、私はウッチョと奥さんのアンナリーナにインタビューをしようと「バー・ウッチョ」を訪れました。
そしてその時聞かされた言葉が、「今日で私達はバーを辞めるんだよ」でした。
去年から、彼らはもう年だし、ぼちぼち辞めたいんだよねー、と言っていたのは知っていたのですが、まさか私がたまたまインタビューに行ったその日が最後の日だとは、ビックリさせられました。
ウッチョ67歳、トスカーナ生まれ。
アンナリーナ65歳、スペツィア生まれ。チンクエテーラのあるところです。
ウッチョは14歳のときから働き始め、その後いろんな仕事を経験したそうです。
二人は1967年にイギリス(フォルクストン・ケント)に渡りましたが、息子が生まれ、子供の教育にはやはりイタリアがいいだろうと、1972年、息子が3歳のときにイタリアに戻ってきます。
それ以来、ポマランチェで32年間、このバーを経営してきたそうです。
「イギリスにいた5年間は大変だったけれども楽しかったよー」「お客のイギリス人たちはとても親切で行儀正しく、皆いい人たちだった」
とアンナリーナは懐かしそうに話してくれました。
ウッチョ達が35歳前後の時です。きっと楽しい経験をしたことでしょう。
今は、ポマランチェの全住民を知っているほど、こちらに馴染んでしまいましたが、いよいよバーの経営も今年で終わることになったようです。
「やっとバーから解放されることになって嬉しい反面、少し寂しい気持ちもするね」
とは両者の言葉。
さて、彼らの後を引き継ぐのが、これまた若い25歳のカップルです。25歳でバーの経営者!
ちょっと驚かされますが、若いカップルはバー全体を買い取ったわけではなく、一応借りると言う形でこれから経営していくようです。
バーを経営するのもこちらでは大変です。
先ずお店の確保、コーヒーの機械を持つにはそのライセンスが必要、アルコールを売るにはそのライセンスが必要、アイスクリームを売るにはそのライセンスが必要(ちなみにこのバーのアイスクリームはウッチョの手作り)、冷蔵庫の大きさには基準がある、など等・・。
頭が痛くなるほど大変なようです。
それで、若いカップルは先ずはバーやライセンスを借りる状態で、これから経営していくようです。
この間の日曜日に、経営者の交代パーティーがありました。
夕方5時から7時まで、軽食と飲み物が食べ放題、飲み放題、という形式で行われ、子供から大人までバーが一杯になるほど沢山の人達がお祝いに駆けつけました。
私たちもウッチョ達にさよならを言うためと、新しい若い経営者を知るために挨拶がてらに行ってきました。
ウッチョと若い経営者(彼の名前はネッロ)が一緒に立つと、世代の違いがそれははっきりと見えます。
つくづく、「ウッチョ、長い間ご苦労様でした」と言いたくなります。
ウッチョが若い彼に飲み物の作り方を教えていて、ほほえましい。
ネッロの奥さんは若いけれど魅力のある女性で、これからバーで沢山の人達に美味しいコーヒーを入れ、素敵な笑顔を見せてくれることでしょう。
きっと若いお客さんが増えるのではないかしら・・・。
こうして時代は少しずつ変化していきます。