我が町のパリオ
8月は夏らしくない日々が続いていたのに、9月に入り又夏に戻ったような気候が続いているトスカーナです。
「9月」という字からして何となくもう秋かなぁ、と思ってしまいますが、トスカーナの9月は丁度いい加減の暑さで、旅行者も減り、地元の人達が大いに手足を伸ばして楽しめる素晴らしい月なのです。
9月の海辺はガラガラで、波際でサッカーをする若者もいなければ、走り回る子供やそれを追いかける親たちもおらず、まるでプライベートビーチのようにゆっくりできるのが嬉しいところです。
ただ、朝夕はさすがにひんやりしてきましたので海の水も冷たくなり始め、泳ぐ機会は少なくなってきました。
さて、前回のトスカーナ日記ではシエナのパリオについて書きましたが、実はパリオという地区対抗戦はシエナだけに限られたものではありません。
中世の街ではどこでも行われているものなのです。
私の知っているところでは、ワインの街であるモンテプルチアーノの樽転がし、
マッサ・マルティマと言う街の石弓競技、塔の町サン・ジミニヤーノとアラバスターの街ヴォルテッラでは綱引き対抗戦が行われます。
シエナのパリオの競馬やマッサ・マルティマの石弓競技に参加する人はある程度技術を身につけていなければ出来ないでしょうし、又準備にも大変お金がかかることでしょう。
でも樽転がしと綱引きは大げさな準備もいりませんし、なんだか子供の遊びのようで愛嬌があります。
でもこれも伝統競技には変わりはなく、それぞれの地区から選ばれた大きな大人達が地区のユニフォームを着て真剣に競技に参加します。
さあ、私の住んでいる街ポマランチェで行われる地区対抗戦はなんでしょうか?
なんと私の街では演劇で対抗するのです。
これは大変な事です。
ただ樽を転がせばいい、綱を引けばいいというものではありません。
どんな出し物をするかアイデアを出し合い、どんな演技をするか考え、コスチュームも作り、そして舞台も作る。
それこそ地区の人達が一丸となってパリオに向けて何日も準備をしていくのです。
この街で始めてみたパリオは2001年でした。
この時のことは2001年9月22日のトスカーナ日記に書いています。
それから5年後の昨日、久しぶりに見に行ったパリオは一段と高等な物になっており驚かされました。
先ずコスチュームが素晴らしい。
どこから探してきたのかしらと思うようなアンティックの洋服を着ていたり、手作りの洋服もよく観察して作ったなと思わされる良くできた物ばかりです。
それから5年前はティーンエイジャーが中心となって演劇をしたという感じが強かったのですが、今回は大人から子供までそれこそ地区の人達全員が一緒になって劇を作った感じでした。
私の街は小さくて4地区しかありませんが、その4地区がそれぞれ20分の演劇をします。
それぞれの地区の舞台は街にある大きな広場に作られます。
コンサートなどにも利用されるところです。
この間、他の街のスーパーマーケットで買い物をしている時に、ポマランチェの演劇パリオのことが館内放送され、あっ、私の街も有名になってきている、と嬉しくなったものです。
コスチュームや舞台はよくても演劇の方は未熟だな、と思われる地区が多い中、最後の地区はシェークスピアのハムレットをウエスタンスタイルで演じて、観客から多いなる拍手を受けていました。
馬に乗った主人公の男性も遠くから見るとクリント・イーストウッドのようで格好いいのです。
彼は女性達に大変人気があるようでした。
出演者達の演技はうまいし発声もいいし、と言うことで結局この地区が去年に続き又優勝してしまいました。
優勝した地区はパリオと呼ばれる絹の旗を貰い、次のパリオまでそれを誇りにするのです。
我が町のパリオは毎年9月の第2日曜日に開かれますが、これが終わるといよいよ秋の気配が迫ります。
この夕食会のあと、パリオ前日の夕食会にも可能だったら招待してあげるとジアン・カルロが言ってくれたのですが、残念ながら手配するには遅すぎたようで参加できませんでした。
想像以上に地区全員が団結し熱くなるだろう雰囲気を味わって見たかったのですが、きっとその地区の人でなければその雰囲気にとけ込むのは難しいことでしょう。
でも来年チャンスがあれば行ってみたいと思っているのです。