要塞の刑務所
私の隣町のヴォルテッラは9.5kmの壁に囲まれた約3000年の歴史がある町です。
紀元前8世紀にエトルリア人が住み始め、その後古代ローマ人が支配して、今は石造りの町並みが中世の雰囲気を醸し出す、トスカーナ州の中ではもっとも古い町の一つです。
この町はこの辺りでは一番高い丘(約580m)にあり、遠くのどの町からも観ることが出来ます。
特に夜になると町中のオレンジ色の電気が宝石のように輝き、「豪華客船」とも言われますが、元々ヴォルテッラという意味は「飛ぶ土地」「浮かぶ土地」という意味があり、真っ黒の闇の中にそれは美しく輝きます。
特に、町の端に豪華客船の船室を思わせるようにオレンジの電気が一列に並んでいるのですが、これは中世に造られた要塞に取り付けられたもので、この要塞、今は刑務所として使われています。
そして、私はなんとこの刑務所に先週の金曜日、行ってきました。
いえいえ、悪いことをして入ったのではなく、ここで夕食会があったのです。
この刑務所にはマフィア、銀行強盗、殺人など重い罪を犯した人ばかりが入っており、刑期は10年、20年、30年以上、勿論終身刑の人もいます。
そしてこの刑務所は、ちょっとしたことで有名なのです。
重罪の人達ばかりが入っているから有名なのではなく、女性の館長は、「囚人は避難したり、とがめたりするのではなく、教育しなければいけない」と言い、囚人達に演劇や音楽を習わせたり、又料理やサービスを教えているからなのです。
そして囚人達での演劇やコンサートは他の町でも開かれ、夕食会はヴォルテッラの刑務所内で毎年開かれています。
早くから新聞などでも宣伝され、私も一度は刑務所内を見たいという気持ちで1ヶ月以上も前に予約を入れて、大家の娘と大家の奥さんのお姉さんと一緒に行ってきました。
夕食会は年に4回あり、野生の肉料理、魚料理、ベジタリアン、そして肉のグリルの夕食があります。
私は行くのならベジタリアンの夕食が面白いなと思い、ジョン・クロードもその夕食会でソムリエとしてワインをサービスすることになりました。
ソムリエ達は準備のため8時前に刑務所に入りましたが、私達、客は8時過ぎないと入れません。
刑務所の入り口までの道さえまだ歩いたことのない私が、初めて警察官の立つ入り口前に到着しました。
女性が多いようですが、これは夕食がベジタリアンだからでしょうか。
何となくそわそわしながら待っていると、8時少し過ぎ、いよいよ入ることが許されました。
2~3カ所の鉄の扉を通って、先ずは身分証名書を番号と引き替えに預けます。
バッグも携帯電話も、勿論カメラも持ち込めませんので、小さな部屋にあるテーブルの上にみんなどんどん置いていきます。
まぁ、こんな所でバッグの中からお金を盗む人もいないだろう、と思いながらもちょっと気になったバカな私です。
その後警察官に案内されて、先ずは刑務所内のバーで予約者全員が集まるまで待機。
バーですからコーヒーなどの飲めるカウンターがあり、横にはジュースの入った自動販売機、それから別の壁にはシャンプーやシェービングクリーム、トイレットペーパーなど日常品の入ったガラス戸があり、そこも鍵がかかっていましたから全て囚人用なのでしょう。
ただ、その中にコンドームがあるのを大家の娘が見つけ、え~~~?いつ使うんだろう?となったのです。
この刑務所には男の囚人しかいないし・・・・ねっ?
いよいよバーから出て、先ずは刑務所敷地内に用意された食前酒と軽いものをつまみます。
スプマンテもあればハーブティーもあり、つまみものもいろいろ工夫されていました。
自転車競技に出ていたイタリア人選手パンターニに良く似た男性(勿論、刑を受けている人)がサービスしていて、彼は仲間内で正にパンターニと呼ばれているそうです。
それが終わると、いよいよ背の高い鉄格子の柵の間を警察官に誘導されてどんどん歩いていきました。
鉄格子の柵は2重にも3重にも作られていて、柵の上はとんがった鉄が突き出ています。
う~~ん、これは逃げられないなぁー。
ぐるぐると歩いていると上の方に鉄格子のついた窓が並んでいて、いくつかの部屋には豆電球がついていました。
きっとあそこには刑を受けた誰かが入っているのだと、何となく感慨深くなったりして。
小さな運動場もあり、あそこで日に1時間程度、運動するのかなとか。
やっと、夕食を食べる建物の前にやってきました。
入り口では武装強盗をして刑期12年を勤めているルイジに笑顔で迎えられました。
彼はこの夕食会の給仕長なのです。
レストランとして設置されたのは刑務所内の教会でした。
この教会は昔地下に造られたのでしょうか、階段を下りていったところにあり、赤いテーブルクロスをかけ、綺麗に整列されたテーブルが上から見えました。
何となくクリスマスパーティー的雰囲気です。
ただ、お皿、コップ、ナイフにフォークはプラスティック製でした。
この夜の客は120人。
囚人数は130人で、その内の30人ほどがボロンティアでこうして料理をしたり、サービスをしたりしているそうです。
料理長はエジディオと言う人で、彼は終身刑を受けて今17年目を刑務所で過ごしています。
彼は先月、魚の夕食会を開いたときにTVにも出ており、「刑務所に入る前まで料理などしたことがなかったのに、今はこうやって120人分のコース料理を造っており、まだ誰からも不平を言われたことがない」と言っていました。
私達は座っているところからキッチンは見えませんでしたが、サービスしてくれる人達はみんな笑顔で、話しかけられればジョークも言うし、この人達が殺人を犯した人達だとは想像も出来ないくらいです。
囚人2人がソムリエとしてワインをサービスしていましたので、ジョン・クロードが話しをしたそうですが、こうやってボロンティアをするお陰で外の人達と接することが出来て、とても嬉しいと言っていたそうです。
一人だけ若くて背が高い、それはハンサムな黒人男性がいましたが、彼だけは余り笑顔がなくて、やはりイタリア人とは少し違うな、と思ってみていました。
ちなみに、みんなは彼のことをビアンカネーベ(白雪姫)と呼んでいるそうです。
舞台の上では電気オルガンとギターを操り、歌を歌ってくれている男性もいましたが、彼は人が聴いてくれようが聴いてくれまいが全く気にしていないようでした。
実際120人のおしゃべりで彼の音楽はほとんど聞こえませんでした。
もう自分が楽しめればそれでいいのだと言う、丁度キリストのような容姿で一人嬉しそうに演奏していました。
立って看ている警察官達も穏やかな顔で、夕食会はなんともいい雰囲気でした。
さあ肝心の食事ですが、10種類ほどの前菜、プリモが3回、セコンドが2回、そしてデザートが2種類という、ものすごい量のコースでしたが、何となく刑務所内の食事を思い出させるような(食べたことはありませんが)、まあ、そんな感じでした(笑)
イギリスの新聞社カメラマンが写真を沢山写していましたし、又イタリアのTVクルーも撮影をしていました。
日記に載せた写真はイギリスの新聞(Telegraph)に載っていた内の数枚です。
なんと私がその一枚に写っております。
TVの方は今週、ガンベロロッソのチャンネルで放送するそうです。