自動車事故
私の住むアパートの近くには、ガンベッタという大きな公園があります。
歴史は100年になるそうで、数年前から新しく立て直す工事が進められていて、私たちがこの町に引っ越してきたちょうどその日、開園式がありました。
バラの花が何千本と植えられた公園では、ブラスバンドの音楽が鳴り響き、この公園がどれだけこの町に重要だったのかが伺われます。
公園の中には、メリーゴーランドもあり、冬の午後も小さな子供たちを乗せて、くるくると可愛く回っています。
暖かい日には、メリーゴーランドのそばの珈琲店で一休みする人や、木陰のベンチでのんびり座るお年寄りたち、そして噴水の周りを駆け回る子供たちで、公園には心地よい雰囲気が漂よっています。
その公園の地下には、駐車場が作られています。地下2階の駐車場ですが、日中は駐車場所が見つからないほど、仕事にやってくる人や買い物客、そして旅行者たちに利用されています。
実は、カルカソンヌの町で全て買い物が済ませるようになった私たちも、この駐車場に車を常時駐車しておくようになりました。
1回分の駐車料金も安いのですが、3ヶ月や半年分をまとめて借りるとずっと安く借りられます。
ガンベッタ公園は長方形の形をしており、その周りには2車線の道路が走っています。2車線とも同じ方向を向いて走っており、日本とは逆方向になりますが、車は左から右へ流れます。そして、その道路には10カ所ほどに横断歩道があり、そのうち、6カ所の横断歩道には信号がついており、他の4カ所にはついていません。
私たちのアパートから80mほど歩くと公園に入りますが、そこへ渡る横断歩道は信号がついていないものです。
フランスでは、信号が赤でも、車が来ていないことを確かめると、ほとんどの人たちがさっさと横断歩道を渡ってしまいます。
若い人はもちろん、お年寄りも、子供連れのママも、「早く来なさい」とばかりに子供の手を引いて渡っていきます。
この間は、2・3人の警察官が、ぺちゃくちゃと話をしながら赤信号なのに渡っていました。警察官が信号無視をするのですから、子供たちになんと教えたらいいのか・・・。いや、きっと、「車が来ているかどうかちゃんと確認してから渡るのよ」、と信号機よりも自分の目を信じるようにママは子供たちに教えているのかもしれません。
さて、私たちが信号のない横断歩道を渡るときは、走ってくる車が止まってくれるのを待ちます。
フランス人はかなり親切で、誰かが横断歩道を渡りそうにしていると、すーっと車を止めて渡らせてくれます。
数日前の木曜日の午後3時頃、少し雨模様だったのですが、私たちは車で10分ほどのところにある大型ショッピングセンターへ行こうと、こちらに来て初めて雨傘をさして、公園地下の駐車場へ向かいました。
ジョン・クロードが傘をさし、私はショッピングバッグを持って彼の右側を歩いていました。
私たちは信号のない横断歩道に差し掛かり、かなりの数の車が走っている横断歩道の横で、車が止まってくれるのを待ちました。
私たちに近い車線を走っている車がすぐに止まってくれたのを私も確認して、向こう側の車線の車もすぐに止まるだろうとほとんど確信しながらジョン・クロードと一緒に歩道を渡りかけた、その瞬間、
「ドーン」という音が聞こえて、ジョン・クロードが吹き飛ぶのが見えました。「えっ?」と思った瞬間、私の目の中に大きな白い車体が飛び込んできて、同時に私は大きな衝撃と共に吹き飛ばされました。
車にはねられた?私とジョン・クロードが・・・?
そのときの状況が信じられなくて、ショックで、でも、次の瞬間、
「なにやってるんだー。だめだろう、止まらなきゃ!どこ見てたんだ!」
と運転手に怒鳴っているジョン・クロードの声が聞こえてきて、「ああ、よかった、彼は無事だ」とほっとした私。
次に彼は私のところに駆け寄ってきて、「清美、大丈夫か?」と言いながら、私が立つのを手伝ってくれようとしました。
気がつくと、私は濡れた道路に横たわっており、持っていたショッピングバッグが前方に散らばっています。それを拾って立ち上がろうと思った瞬間、私の左足に激痛が走って立つことができませんでした。
私たちをはねた運転手は50代後半の優しそうな女性で、50m先の横断歩道上に私たちを見つけたものの、考え事に集中していて、ブレーキを踏むことに気が回らなかったというのです。その上、彼女は小さな村から活気のあるカルカソンヌにやってきたので、車の多さや建物の派手さに気を取られてしまったとも言っていました。
ジョン・クロードも、この白い車が50m先を走ってくることに気づいていたのですが、横の車線の車が全部止まっているのだから、彼女の車も止まるはずだと思い込んだのです。
私はジョン・クロードの右横にピタッと寄り添っていたので、向かってくるこの白い車は見ておらず、跳ね飛ばされた時はショックでしかありませんでした。
私たちが大きな傘をさしていて、白い車が近づいているのが見えなかったのも悪い条件でした。
私たちをはねた車のすぐ後ろを走っていた男性が、私を抱えて道路の脇に連れて行ってくれて、すぐに救急車を呼んだ方がいいと言ってくれました。
フランスに来たばかりの私たちは救急車を呼ぶ番号もまだ良く知らず、男性に教えてもらいました。
この男性は、私たちをはねた車のすぐ後ろを走っていて、事故の全てを見ていたから、何か証言することがあったらいつでも連絡してくださいと、親切に彼の電話番号を渡してくれました。フランス人、親切!
間もなく、「プーパー、プーパー」というサイレンを鳴らしながら、救急車と警察車と消防車が一堂にやって来てくれました。
やってきた警察官はジョン・クロードとはねた女性と話を始め、はねた車の後部座席に座って激痛に(多分事故のショックもあり)体全体が震えていた私は、救急隊員と話をすることになりました。
まず、救急隊員は、「ここがどこだかわかりますか?」「あなたの生年月日は?」「どこに住んでいるのか言えますか?」と質問してきます。頭を打っていないか確かめているのでしょう。
私が全部答えると、「OK」とやっと痛い足を見てくれました。
ところで、救急隊員が怪我の状態を確かめるとき、怪我をしている本人に確かめずにズボンやシャツを挟みでジョキジョキと切るのは、きっとそうするように義務付けられているからでしょうが、私ももう少しでジーンズを切られそうになり、自分でたくし上げたら、履いていたソックスを切られました。
そして、結局、私は人生で初めて、救急車に乗ることになったのです。
TVなどで救急隊員のドラマなどは見ていましたが、まさか自分が救急車に横たわるとは夢にも思いませんでした。
テキパキと事故の処理をしながらも、とても親切にしてくださった警察官、そして救急隊員の皆さんに感謝したいと思います。
話が長くなるので、少し短くしますが、私は救急車の中で麻酔薬が効きすぎて朦朧となり(でも、周りで何が起こっているのか全て把握していました)、カルカソンヌの新しい病院に担ぎ込まれてジョン・クロードと一緒に待つこと30分。やっと先生がやってきて、看護婦さんにレントゲンを撮ってもらい、その結果、骨折はしていません、という答えが出て、ほっと一安心。ギブスなんか足につけられたら、買い物にも行けません。
ほっとしていたら、結果が出たから早くこの部屋を出てください、と看護婦さんに追われて、まだ朦朧としている私は車椅子に座らされ、病院前からタクシーを拾って帰宅。
我が家は日本でいうと3階にあります。朦朧としている私は歩くこともままならず、ジョン・クロードが私を背負って40段の階段を上ってくれました。
麻酔薬を打たれてからずっと胸がムカムカしていたのですが、自宅に着いてからついに吐いてしまい、トスカーナで飼っていた猫のミコも歯の手術をする時に麻酔薬を打たれ、手術が終わった後に吐いたことを思い出してしまいました。
事故から数日が経ち、気がつくと、痛みがある左足のくるぶし以外にも、左足の太もも、左膝、左腕の肘、左の手の甲などに皮下出血が見られます。
でも、今日はもう松葉杖なしで歩けるようになりました。まだ、足を引きずって歩いていますが、でも両手がフリーなので、料理もできます。明日は洗濯もしようと思っています。
私は捻挫だけで済み、ジョン・クロードはかすり傷一つ受けませんでした。
不幸中の幸いでした。これから横断歩道を渡るときは、十分に気をつけようと誓った二人です。
病院に到着して、救急車を降りる前にジョン・クロードが写真を撮ってくれました。救急隊員の人たちも、記念写真だ、とノリノリ。
でも、この時点で私は朦朧としていたのです。
フランスの松葉杖は、肘で支えるようになっています。慣れないので足よりも肘の方が痛かったりして。